退院してからの生活-外出-

退院はあっさりしたものです。清算の手続きを妻がやってくれ、誰の見送りもないまま妻と二人で病院の玄関から出てゆきます。夜勤上がりで帰宅途中のプライマリーナースのCさんにたまたま会ったので雑談したくらいでしょうか。
そう言えばクレジットカードの使える病院でしたので、当然入院費はカード払いです。高額療養費や健保組合からの付加給付で戻ってきますが、支払いの時点では莫大な金額をカードで払いますのでポイントも莫大?です。変な話ですがいいんですよね?
4ヶ月という長い間入院していた回復期病院ですが、あまり感慨深いものはありませんでした。あるとすれば主治医が予言した通りだな、歩いて退院できたな、というくらいでしょうか。また外来でリハビリに来ますので。
退院してからは外来通院や訪問のリハビリもありますが、生活自体がリハビリと考え、家の動作も重要ですが努めて外に出て色々なことを実施しました。
サポートしてくれた妻には感謝したいと思います。復職までに必要な動作は”バスに乗ること””電車に乗ること(できれば満員電車)”、”買い物”、”外食”によって習得できると考えました。
張り切って外に出かけることにします。入院していた時は腕に囚人のような認識票を付けていたのですが、それも取れて自由の身です。
しかし退院して早々に心が折れそうなショッキングな出来事がありました。メガネのレンズのコーティングが剥がれて見にくくなっていたので新しく作ることにした時のことです。
(僕は不器用なのでコンタクトレンズは付けられません、ずっとメガネです)
本当は僕のお気に入りのブランドの999.9のメガネが掛けやすくてデザインも好きで良いのですが、金のかかる病人だから贅沢は言えないし、繁華街にあるお店まで行くのは大変です。
この際安いものでも良いでしょう、と家の近くのショッピングセンターにある眼鏡屋さんに妻と行きました。
メガネを選んでこれをください、と僕が店員さんに言うと、店員さんは僕ではなく妻の方を向き「検眼をしますのでこちらへ」とか「レンズ込みで価格は〇〇円です」とか、
僕の方を全く見ずに妻の方を見ながら言うのです。別に意地悪しているわけではないと思います。自然に妻の方を向き話すのです。露骨な差別というか区別に涙が出そうになりました。
僕が選んだ眼鏡なのに。僕の眼鏡なのに。身体障害者は介助者が必要だ、自立していないと一般的に思われているんだ、と悲しくなりました。
別にこの眼鏡屋さんが悪い、というつもりは更々ありません。後で眼鏡を受け取りに一人でこの眼鏡屋さんに行った時きちんと僕に色々気遣いをしてくれましたが、
他の店でも、妻と一緒にいると店員さんはたいてい妻にしか話しかけてくれません。でも気後れする必要は全くありません。卑屈になる必要はありません。
寺山修司ではありませんが、「書を捨てよ、街へ出よう」です。何も僕は悪いことはしていません。堂々と背筋を伸ばして歩きたいと思います。
先輩のKさんは「下を向いて歩くのではなく、努めて前を向いて歩くようにした」と体験記で書いています。足元が悪いところでは仕方ないのですが、僕も前を向いて背筋を伸ばして歩こうと思います。
この病気になってから、妻が「背が高くなったみたいだね」と言ってくれました。背筋をピンと伸ばして歩いているおかげです。
眼鏡屋事件のあった後、妻が大きなターミナル駅近くにある美容室に行きたいと言っていたので、留守番していてもいいのですが便乗してついて行くことにしました。エスカレーターと人混みの訓練になると考えました。
人混みについては3点セット(後述)を準備しておきます。また、かばんについては以前はリュックを愛用していましたが、混んでいる電車内で邪魔にならないように下ろすのも大変で、また片手でファスナーを閉めるのが大変になったので、
最近試用して返品できるようになったAmazonを利用し、入院中からいろいろ試してManhattan Portageの肩掛けかばんを買っておいていました。マグネットでラクに開閉できるスグレモノです。
余談ですがローマに行った時テルミニ駅で肩掛けカバンのファスナーを開けられて更にその中のファスナー付きのポケットに入れておいたパスポートをスられたことがあります。全然気づきませんでした。大したものです。それより圧倒的に開閉のラクなこのManhattan Portageは海外旅行には向かないと思います。
妻についてトボトボ歩くと濡れ落ち葉族のようでかっこ悪いですが、まだまだ一人で新幹線も停まるこのターミナル駅に行く度胸は付いていません。人混み、特に混んでいるエスカレーターは恐怖を感じます。
今は駅のエレベーターやエスカレーターの位置もネットで見られる便利な時代になりましたので、目的駅や乗り換え駅では電車の何両目に乗ればスムーズか?と事前に予習しておくことができます。
(乗り換えアプリでも階段位置が表示されるものはありますが、エレベーターやエスカレーター位置が表示されるものは少ないような気がします。障害者向けに充実を希望します。)
エスカレーターと電車については長くなりそうなので別の記事に分けます。
電車は当然駆け込み乗車など出来ませんので、余裕を持った行動、ベルが鳴っても見送る心の余裕が必要です。
早く動けない分、なにか世界を遠くから俯瞰して見られるような、そんな心の余裕が出てきました。
駅の自販機で1日乗車券を買った時のことです。お釣りを財布に入れるのをモタモタしていたら、きっぷが券売機に吸い込まれ、自販機に”販売中止”の文字がデカデカと表示されてしまいました。
昔の僕だったら憤慨したことでしょう。でも”そうか、そういう仕組みなのか、きっぷだけ先に取り出しておけばよかったかな”と観察する余裕が出ました。慌てず非常呼び出しのボタンを押して駅員さんを呼びます。
そうでした、美容院に行った妻を駅のコーヒーショップで待っているんでした。開閉のラクなかばんからSuicaを取り出して支払えばモタモタすることもありません。コーヒーを載せたトレーを持ち運ぶこともできました。
美味しいコーヒーを飲みながら、駅であくせく動くビジネスマンを横目にのんびりと妻を待ちます。
差別(区別?)もありましたが、入院により失われた、寸断された日常をどんどん取り戻してゆく感じが心地よいです。